限界集落という言葉がある。65才以上の高齢者が人口の過半数を占める村や町のことである。
「ディア・ドクター」は、そんな、高齢者が人口の半分を占めるという村で起こった、ちょっとした、だが、村人たちにとっては深刻なお話を描いた映画である。
ある日、その山あいの小さな村からひとりの医者が失踪した。田んぼのわきの道端に白衣を残したまま、彼はこつ然と姿を消してしまったのだ。
彼の名は、伊野治。それまで無医村になっていたこの土地に、村長が引っ張ってきた男だった。
主のいなくなった診療所に残されたのは、医大を出たばかりの研修医の相馬と、看護師の大竹。
県警から派遣されてきた刑事たちは、どうせ田舎がいやになって逃げ出したのだろうくらいの気持ちで捜索をはじめたのだが、調べれば調べるほど、伊野という男の正体は曖昧模糊としてゆくのだった。
「ゆれる」(06年)で高い評価を得た西川美和監督の脚本と演出は相変わらず見事である。
だが、それ以上にこの映画を味わいのあるものにしているのは、やはり伊野を演じる笑福亭鶴瓶の存在だろう。
ほかの、どんなに達者な役者が伊野を演じたとしても、伊野という存在のつかみ所のなさを描き出せたかは疑問だ。
バラエティー番組で笑っている鶴瓶とは、また違う彼がここにはいる。
医療とは何か、生きて死ぬとはどういうことか、その難しい問題を、重苦しくはなく、だが深く問いかけてくる映画である。
2009.10.17